『キネマの神様』シリーズインタビュー/森本千絵さん(アートディレクター)vol.2

2021.08.05
インタビュー

 広告ビジュアルのデザインや、映画や舞台の美術など幅広いフィールドで活躍されているアートディレクターの森本千絵さん。映画『キネマの神様』の外側の世界を彩った森本さんに、デザインが生まれた現場を伺った第二回。
(写真/(C)2021「キネマの神様」製作委員会)

ファンタジーすぎず、そのなかにもきちんと品と礼儀を重んじながら、普遍的にする。

——本作のアートディレクションでこだわったポイントはありますか?

森本……写真表現を使った広告のビジュアル、映像では、アートディレクションのテーマとして「感光」を組み込んでいます。感光というのは、フィルムに光が差し込んだことで、ハレーションを起こすことを言いますが、「フィルムのなかに神が宿っている」という映画のメッセージを、プリズムが起こった虹色のようなハレーションで渋く暗くならないように表現しました。キャストたちのポートレイト、彼らと縁の深いアイテムなど細部に至るまで、すべて感光させてひとつの色の世界を作りました。

——キャラクタービジュアルを拝見すると、何色とも形容しがたい複雑な色合いで、キャストが柔らかい光に包まれているように感じられますね。

森本……今までの山田洋次監督の作品ビジュアルではあまり見たことのない、たくさんの色を使って、あえて鮮やかで彩りのあるものにしました。でもファンタジーすぎず、そのなかにもきちんと品と礼儀を重んじながら、普遍的にする。そのさじ加減、バランスには技術が要ります。映画を観てのお楽しみですが、松竹映画が始まって以来初の仕掛けも映画の冒頭にあって、こちらでも神の存在が感じられるようにしています。

(C)2021「キネマの神様」製作委員会

どっちが始まりでどっちが終わりかわからないけれど、そこにはある真実はひとつ。

 ——今回、マハさんがノベライズを担当した「ディクレターズ・カット」の装丁も森本さんが手がけられていました。

森本……新聞広告やチラシには感光が生まれていますが、台本やパンフレット、マハさんのノベライズはそれらとは切り分けて、イラストでデザインしています。原点である台本のカバーデザインに立ち返って、それに見合うイラストを使い、マハさんに何パターンもご提案したなかで、マハさんの理想を選んでいただきました。

 ——ノベライズを読まれて、森本さんはどう感じられましたか?

森本……マハさんはとてつもないパワーをお持ちの方だなあと思いました。マハさんの原作から脚本がだいぶ変わり、今度はその脚本からマハさんのノベライズが生まれるなんて、ネバーエンディングストーリーみたいで不思議。どっちが始まりでどっちが終わりかわからないけれど、そこにはひとつの真実が流れています。原作者と監督、脚本家の在り方が相思相愛で対等で、いい意味でぶつかり合い、分かち合っていて、信頼できる作品というのはこうあるべきだと思います。

 ——いよいよ8月6日に映画の公開を迎えますね。

森本……コロナ禍の撮影で、みなさんが健康に気遣いながら撮影を進められていて、ずっとそこに思いを馳せながらやってきました。いつ映画館に来ていただけるようになるのかわからない中、いつかみなさんに届けられるように、とにかくいいものを作ろうと信じながら、走り続ける。全員が同じ思いだったことが心の支えになりましたし、作業している間すごく不安だったということではないけれど、『キネマの神様』がこれまでの仕事とは確実に違うというのは事実です。
 広告というのは、説明しすぎてもその場面を見せすぎてもダメですが、映画の本質に触れながら、別世界にいるひとたちを振り向かせる風合いを作るのが大切で、ごはん屋さんの店先のおいしい香りにつられてふらふらっと入ってしまうような、そんな広告になっていたら嬉しいです。

(インタビュー構成・清水志保)

森本千絵(もりもと・ちえ)
1976年青森県三沢市で産まれ、東京で育つ。武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を経て博報堂入社。
2007年、もっとイノチに近いデザインもしていきたいと考え「出会いを発見する。夢をカタチにし、人をつなげる」をモットーに株式会社goen°を設立。現在、一児の母としてますます精力的に活動の幅を広げている。

niko and...の菅田将暉・小松菜奈のビジュアル、演出、SONY「make.believe」、組曲のCM企画演出、サントリー東日本大震災復興支援CM「歌のリレー」の活動、Canon「ミラーレスEOS M2」、KIRIN「一番搾り 若葉香るホップ」のパッケージデザイン、NHK大河ドラマ「江」、朝の連続TVドラマ小説「てっぱん」のタイトルワーク、山田洋次監督『男はつらいよ50 お帰り寅さん』に続き、2021年夏公開予定『キネマの神様』の広告や劇中画を手掛けている。他にも松任谷由実、Official髭男dismなどミュージシャンのアートワーク、広告の企画、演出、商品開発、本の装丁、映画・舞台の美術や、動物園や保育園の空間ディレクション、最新作に青森新空港のステンドグラス壁画を手掛けるなど、活動は多岐にわたる。

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