最新刊『板上に咲く』インタビュー vol. 2

2024.03.15
インタビュー

 棟方志功の妻・チヤの視点で、棟方の生涯を描いた『板上に咲く』。厳しい時代を生き抜き、世界のムナカタに上り詰めた棟方と、クリエイティブパートナーでもあったチヤは、どのような夫婦だったのか。徹底した取材で、夫婦の愛に迫る最新刊インタビュー第二回。

棟方には自分のエネルギーを爆発させるパフォーマーのイメージがある。

 ――チヤは小学校を卒業する頃には、看護師を目指す決意をしています。自立心のある彼女が縁あって棟方と結婚し、金銭的に難しいなかでも棟方を支え、子どもたちを守っていく。チヤは一度、こうと決めたら揺るがない強さを持っているように思いました。

マハ……彼女は家庭での自分のタスクを完璧にやってきた人で、その根底にあるのは大きな愛です。言葉や態度で表すことはなくても、チヤは心の中に強い芯を持っている人として描きたかった。昔の時代を書いてはいますが、今の時代を生きる私たちから見ても、かっこいい女性だと感じてほしい。経済的、物理的というよりも、誰かの精神的な心の支えになれることが、昔も今も一番大切なことだと思っています。
 戦時中に、棟方夫妻は離れ離れになりますが、距離が離れていても心がつながっていることに支えられる。それは今の私たちにも通じることで、年始に大きな震災がありましたが、被災地から離れていても、私たちが気持ちを飛ばして心のなかで支えていく。日本人は思いやりや、優しい心根を持った人が多いですが、そんな日本人の良さを持った夫婦だったことが、現代の私たちにも共通しているように感じています。

 ――執筆中、チヤの視点を借りながら、マハさんも棟方を見守ってきたわけですが、マハさんから見た棟方はどういった人物ですか?
マハさん……棟方は自分の周りにあまりいないタイプだったので、最初から最後までおかしな人という感覚はありました。棟方とチヤが結婚した頃は、若い絵描きの卵なんて、うまくいけば先生と呼ばれてもてはやされますが、今でいうパンクロッカーのような存在です。棟方は帽子をセザンヌ風に自分でアレンジしたり、マントを着て颯爽と歩いたり、おかしなこともやっていましたが、チヤは「この人にはなにか光るものがある」と直感したと思います。

 ――板木を掘る棟方の映像が残っていて、今も見ることができますが、一心不乱に掘る姿が印象的です。

マハ……彼は弱視だったこともあって、板木を手で触れながら、体をぶつけていくような勢いで掘っていきます。直感を大事にする棟方にとって、板木を掘るという身体的なアクションを伴う表現方法はとても重要で、私の小説のなかでも、出産になぞらえて彼が作品を生み出すシーンを描きました。
 実際に棟方は身体的なアクションが大きくて、わぁっと人に抱きついたり、子どもみたいに表現豊かな人だったそうです。そうしたいと思ったら居ても立っても居られない彼には、自分のエネルギーを爆発させるパフォーマーのイメージがありました。

棟方夫妻に対する自分の尊敬の意を、『板上に咲く』に余すところなく込められた。

 ――執筆にあたって、今回もたくさんの資料を読み込まれていて、実際の棟方とマハさんの棟方像が巧みに混ざり合っていますね。

マハ……棟方のことを書いた柳宗悦の資料や、棟方の周りにいた人のインタビューも文献として残っていて、いろいろな角度から棟方志功という人物を検証して、棟方像を造形しています。棟方志功のお孫さんで、棟方研究の第一人者でもある石井頼子さんに監修していただきましたが、石井さんは透徹した研究者の目と、愛情深く身内のおじいさまを見守る目をお持ちです。
 石井さんが何気なく、「立っているだけでも面白い人だった」と呟かれたことがあって、それがただの呟きだったからこそ、よっぽど面白い人だったんだろうなあと胸に残りました。立っているだけでも面白い人なんて、私は一度も出会ったことなくて(笑)。棟方と実際に深いつながりのあった方との交流が、この作品に強度を与えてくれましたし、棟方夫妻に対する自分の尊敬の意を余すところなく込められました。

 ――巻末の参考文献のなかには、棟方自身が書き残したものを含まれていますね。

マハさん……彼が書いた文献はとても面白くて、棟方という人がそのまま文章になったような味わいがありました。棟方は自分のことを、学校も行っていないし、学もないと言っていますが、ちょっとした研究者では敵わないようなものだった。チャンスがあれば、読者の方にも表現者である棟方が書いた文献を読んでいただきたいです。

最新刊『板上に咲く』インタビュー vol. 3につづく。/構成・清水志保)

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