小説「望郷」インタビュー vol. 1

2022.04.29
インタビュー

 パリでロックダウンを経験する最中、Twitterで配信した小説「喝采」から二年――。今年3月17日からふたたび18日間連続小説を執筆したマハさんに、小説「望郷」に込めた想いを訊いたインタビュー第一回。

小説「喝采」では、未来に向かって「残していく」という意識を強く持っていた。

 ――先日、「マハの展示室」で、SNSで配信された18日間連続小説「望郷」の全文が公開されました。Twitterで毎日配信される小説を読みましたが、二年前にも滞在中のパリから帰国するまでの間、小説「喝采」を書かれましたね。

マハ……パリのロックダウンで、為す術もなくアパートに閉じ込められたときに、もしかしたらこの先、一生体験しないことを私は体験しているかもしれないと思ったんです。私は物書きですから、歴史の証言者とまでは言いませんが、歴史の記録者として、残しておかなくちゃいけないという気持ちになりました。あのときは、小説で誰かになにかを呼びかけて、ある種の思いを喚起させたいというよりも、書き手として「残す」ことにこだわったように思います。
 それは私が美術史を学んだ者として、歴史のターニングポイントに、いつも目を凝らして見つめている立場だということも大きいですね。きっと十年、五十年、百年と時間が経って、あのときなにがあったのかということに着目する方もいると思うんです。もちろん「いま」を一緒に生きている人たちと、私の感覚をシェアしたい気持ちも第一にありますが、未来に向かって残していくという意識も強く持っています。

 ――小説「喝采」には<川沿いの窓という窓が放たれ、人々がいっせいに拍手を送っていた。命がけで働き続ける医療従事者への感謝を込めて。私も加わった。思いを込めて。>という言葉があります。読後には明日を生き抜くという力強いメッセージも感じられる小説です。

マハ……医療従事者の方々はいま目の前にある命を懸命に救っていますが、なかには自分の命を絶ってしまうほど追い詰められてしまった方もいます。そんな方々に、パリの人たちができることといえば、喝采を送ることだった。誰が言い出したわけでもなく、あの日、自然と喝采が始まったことに、私はこれは明日への喝采で、希望の象徴だと感じました。茜空に向かって喝采を送ったことを、私は一生忘れないですし、あの時があって「いま」があるのがよくわかるんです。

自分自身にとっても、誰にとっても、明日はどうなっているのか予測ができない。

 ――SNSでの配信を18日間に期間を限定されていますが、なにか理由がありますか?

マハ……あの当時、一日後、三日後のことですら見当がつかず、18日後なんてほんとうに想像がつきませんでした。昨日までは映画「キネマの神様」の撮影が順調に進んでいると思っていたら、次の日には志村けんさんが亡くなったと連絡が入りました。しばらく私はパリに留まるつもりでしたが、志村さんの訃報の次の日には日本に帰ると決めて、一日一日と運命が変わってしまう体験をしました。
 長い人類史のなかでみると、ある一日はただの一日ですが、誰かにとってものすごく大きな分岐点になる日もあるでしょうし、これが歴史を変えたという一日があるかもしれません。
 私はいつも時間のことを考えるとき、自分が生きている瞬間は「いま」の連続でしかないけれど、過ぎ去っていく時間、「いま」はどこへ行ってしまうのか、とても不思議な気持ちになります。未来の自分がどこに立っているのかなと思うと、自分自身にとっても、誰にとっても、明日がどうなっているのか予測ができません。

 ――2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まり、日々、ニュースで戦況を知るなか、マハさんがどういったアクションを起こされるだろうかと気になっていました。

マハ……ウクライナへの侵攻が始まったあと、ちょうど二年前の同じタイミングにパリにいて「喝采」を書いたことを思い出しました。世界を揺るがす新たな脅威が生まれ、時々刻々と変わっていく戦況は、ある意味、二年前のロックダウンのときにつながるものがあります。
「望郷」のなかでも書きましたが、ウクライナから日本は五千キロの距離があり、フランスは二千キロの距離があります。でもこの五千キロと二千キロの距離の違いはなんなのか。小説「喝采」を書いたときのように、今度はウクライナから二千キロ離れたパリで、人々がどういったリアクションをしているのか、なにが起こっているのかを、見ておかなくてはいけない。この情勢のなかでパリへ行くべきかどうか、いろいろな観点から悩みましたが、記録しておかなくてはならないなにかが絶対にあるという思いが、すべてのベースになって私を旅立たせたのです。

小説「望郷」インタビューvol.2につづく。インタビュー・構成/清水志保

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