『ハグとナガラ』インタビュー vol. 2

2020.11.02
インタビュー

 大学時代からの気のおけない女友だちとの旅物語をまとめた短編集『ハグとナガラ』。年を重ねたからこそ経験する日常の変化にもがきながら、三十代、四十代、そして五十代をしなやかに生きていくふたりに触れられる本書には、「旅物語」のひと言では収まりきらない「人生の機微」が描かれていました。

親の「今」という時間がどんどん減っていくように、私たちの「今」という時間も減っていく。

 ——第二話「寄り道」では、世界遺産・白神山地のバスツアーにハグとナガラは参加します。ツアーの参加者には、黒いスーツにヒール靴を履いた場違いな雰囲気の若い女性がいますが、読み進めていくうちに、彼女がどうしてこのバスに乗っていたのかが明かされる。人生の寄り道である旅を楽しむハグとナガラに出会えたことで、彼女のその後の人生が豊かになる予感がする物語です。

マハ……たまたま同じ日の同じ時間の同じ電車の隣の席に座ったひとが、どんな人生を歩んできているのか、私はよく想像するんですよね。「寄り道」では特別な場所へ行くバスに、それぞれの目的があって乗り合わせた人生が、瞬間的に交錯する小さな奇跡をぱっと捉えてみたかった。誰かにとって寄り道が、誰かの寄り道ではない本通りとクロスしているというのは、いつも私が考えていることのひとつです。

 ——第三話「波打ち際のふたり」では、最初のふたり旅から十年が過ぎ、ナガラは大阪の証券会社で勤続二十五年のベテランになっています。一方、東京でフリーランスで働くハグは、母親が認知症を発症したことで、姫路の実家へ通う日々を送っています。
 播州赤穂への女ふたり旅の最中、ナガラが「理由を作っては実家に帰らなかったけど、母と娘でいられる時間はどんどん減っている」と語る姿は、ふだん忘れてしまいがちなことを思い出させてくれました。


マハ……親子の関係でいることは一生ものですが、親と子が一緒に過ごす時間というのは、意外と短いんですよね。もちろんずっと一緒に暮らしている方もおられると思いますが、大学へ行くタイミングで親元を離れることが多いですし、自立して生計を立てられようになると、距離的にも疎遠になる可能性はあります
 きっと若いひとたちに感じられる現実は、「今」「今」「今」の連続でしかなくて、過去はすぐに忘れて、将来をすぐそこまできている現実だとは思えない。若いときはどうしても目先のことを優先してしまいますし、それも仕方のないことですが、よくよく考えてみると、親の「今」という時間はどんどん減っていき、同じように私たちの「今」という時間も減っていきます。五十代後半になった今では、一番関係が深い親と、あとどのくらい会えるのかなあと、ふと考えたりします。
 人は生まれたからには100%、死にゆくものであっても、自分の寿命はわからないですし、高齢の親が「あと三ヶ月しか生きられないから、一緒にいてください」なんて言わないですよね。でもこのコロナの時代にあっては、人の命が信じられないような形で終わってしまうこともある。自分の最後の瞬間から逆算して生きられないのが、人の運命なのかなと思います。

なにかを失くしながら、なにかを探しながら、なにかを見つけながら生きていくのが人生。

 ——第四話「笑う家」では、ハグはいよいよ東京での生活を引き上げて、実家で母親と同居を始めました。母親が探していた入れ歯が思わぬところから出てきたシーンには、思わず笑ってしまいました。

マハ……私の母親もそうなのですが、なんでこれがこんなところに入れてあるんだろうと思うことや、ないないと探していたものが、へんなところから出てくることがあるんですよね。なにかを失くしながら、なにかを探しながら、なにかを見つけながら生きていくのが、人生なのかもしれません。

 ——ハグはリモートワークで東京のクライアントと仕事をしていましたが、認知症が進んでいる母親の世話もあり、思うように仕事ができずにいます。
 なかなか旅にも行けず煮詰まっているハグに、ナガラはハグの気持ちに寄り添いながら「お母はんはかわいい」とメッセージを送る。旅友からのあたたかい言葉と、今までのふたりの旅の思い出が活力になり、ハグの心が解けていくのが感じられました


マハ……ちょこまかと歩く姿や、買ってきた飴をあげただけでもすごく喜んでくれたりすると、子どものように退化していく親の姿が愛おしくも思います。自分が子どもだったときもこうしてくれたのかなと、年老いた親を世話することで気づくこともある。そういった人生の面白みは、長く生きているからこそ感じられることであって、また違った見え方でしみじみと人生を振り返り、味わう瞬間が、四十代、五十代になると増えてきますね。

『ハグとナガラ』インタビュー vol.3につづく。インタビュー構成/清水志保)

SHARE ON

さらに記事をよむ

TOPICS 一覧に戻る