『ハグとナガラ』インタビュー vol. 3

2020.11.06
インタビュー

 時を重ねたからこそ感じられる人生の深み、苦み、面白みを鮮やかに魅せる『ハグとナガラ』。人生も半ばを過ぎた「ハグとナガラ」の旅を綴った連作短編は、女友だちとの強い友情、そしていつしか母と娘の結びつきの物語へと昇華していきました。

「人生の家族」ともいえる友人は、得ようと思っても得られない最高の宝。

 ——第五話「遠く近く」では、ハグとナガラが久しぶりに女ふたり旅へ出かけます。「近いのに遠くに来たように感じられる場所」とふたりが選んだのは、広島県福山市の鞆の浦にある宿「御宿近遠」で、宿に先に着いたナガラは、ひとりで貸し切り風呂を楽しむ。ひとりで手持ち無沙汰になるわけでもなく、隙間時間を上手に過ごせる姿に、旅のプロという感じがしました。

マハ……それぞれが旅の楽しみ方を知っていると、旅友としていい付き合い方ができますよね。私も以前、長崎に旅友と出かけたときに、旅友と合流するまで時間が空いたので、偶然、看板で見た軍艦島に行ったことがあります(笑)。ちょうどツイッターを始めたばかりのころで、「軍艦島にいます」と投稿したらとても反響がありました。
 時間をきっちりと合わせないゆるゆる感、フレキシビリティに旅をするのも楽しい。『フーテンのマハ』や『やっぱり食べに行こう』を読んでいただいたみなさんはもうご存じだと思いますが、私の旅は宿とだいたいの行きたい場所だけ決めて、ほかは行き当たりばったりのことが多いです。

 ——ハグは実家で仕事と介護に奮闘していましたが、母親が転倒して入院したことをきっかけに、母親をケアホームに入居させることを決めました。最後の最後まで自宅で面倒をみたかったハグに、ナガラは「お母はん、新しい人生の一歩を踏み出したんやな。すごいやん」と声をかける。当事者だとそういった視点で、母親の人生を捉えることは難しいことです。

マハ……軽やかにとても大事なことを言ってくれたり、無条件でそばにいて、自然と助けてくれるのが友だちのいいところですよね。私はよく「アートは友だち」と言っていますが、人生に寄り添い、大切なときに助言くれるアートのことを「恋人」というのはやはりちょっと違う。血のつながった家族ではないけれど、時を経ても変わらない「人生の家族」ともいえる友人は、得ようと思っても得られない最高の宝です。
 もしそんな素敵なひとがいる方は、これからも大切にしていってほしいですし、今はそういうひとが見当たらないという方は、同じ趣味を共有できる仲間を募って語り合ったり、一生涯のいい付き合いができる関係が増えるといいですね。

よき読者がいてくれることは、本の向こう側に大切な人生の友人たちがいるということ。

 ——第終章「あおぞら」では、ひとり旅にいくというナガラのひと言を機に、二人はけんかをしてしまいした。ひとり旅するというだけでナガラを詰るハグは、一緒に過ごしてくれない親友にやきもきしている思春期の女の子のようでしたね。

マハ……昔のように身軽に気軽に旅行にいけないハグの状況からすると、ひとり旅の詳細を語らないナガラにカチンとくるのは、自然な感情の流れで、お互いを信じているからこそ、衝突してしまうことってありますよね。長い付き合いのなかでは、たまに隙間風が吹くこともありますが、お互いの信頼がつながっていれば、どんなことも乗り越えて打破できるはずです。

 ——実はナガラのひとり旅には理由があり、ナガラの自分への気遣いを感じたハグは、ナガラを旅へ誘う手紙を書きます。修善寺でナガラの母親へ手紙を綴ったときからずっと、ハグはいつかお互いの母親も一緒に、女四人旅がしたいと願っていましたね。

マハ……親というのは自分が経験できなくても、子どもに自己投影しながら、子どもの経験を喜び、満足してくれるものです。二人がいつまでも仲良く過ごしていることを、母親たちは嬉しく見ていた。残念ながら二組の母娘の旅は叶いませんでしたが、ハグとナガラの旅は彼女たちの母親への旅でもあったんだなと、この短編を書いて思いました。

 ——手紙に込められた「この世界は旅をするに値すると教えてくれたのはナガラだった」というハグの思いから、深く関わったひとりのひとのその先に、大きな世界が広がっているように感じました。テンポのいい関西弁に笑わせられるところが多いなか、本書には要所要所で金言が散りばめられています。

マハ……ありがとうございます。私は読者の方に本当に恵まれていて、読者に語りかける気持ちで書いているところを、みなさんがキャッチしてくださってとても嬉しいです。よき読者がいてくれることは、私にとって本の向こう側に大切な人生の友人たちがいるということ。勝手ながら、そう言わせていただくことを許していただきたい気持ちでいます。
 みなさん、旅をしましょうと本当は言いたいところですが、コロナ禍の今は我慢のとき。近い将来にまた自由に旅ができる日が来ると信じて、次の旅の準備をしていきたい。出かけられない今だからこそ、なんのために人は旅に出るのかを考え直すいいタイミングだと思っています。
 ハグとナガラにとって人生の楽しみのひとつが「旅」でしたが、読書もアート鑑賞も、きっと人生の小さなご褒美になり得る。「ハグとナガラ」の旅物語で、みなさんにまた違った読書体験をしていただきたいです。

(インタビュー・構成/清水志保)

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