『ハグとナガラ』インタビュー vol. 1

2020.10.28
インタビュー

 今月刊行された文庫オリジナル短編集『ハグとナガラ』は、マハさんを思わせるような女性が笑いながら、女友だちと空を見上げる装丁が印象的な一冊。「移動が趣味」というマハさんが描く「ハグとナガラ」の旅物語には、コロナ禍の今だからこそ読みたいエッセンスが散りばめられていました。

今だからこそ、旅物語を綴った『ハグとナガラ』を読者に届ける意義があると思った。

 ——ハグとナガラは大学時代からの友人で、男女雇用均等法一期生のころに就職したという設定ですが、年齢的にマハさんと近く、マハさんの創作でありながら、どこかマハさんとオーバーラッブするようにも読めました。
 いずれ結婚すると思っていた彼に振られ、順調に見えていた仕事もうまくいかず失業し、絶望していたハグを、大学時代からの友人・ナガラから「旅に出よう」と誘ったことで、女ふたり旅は三十代、四十代と続き、気がつけば五十代も始まる。ふたりの旅を追うことで、一緒に旅をしながら、泣いたり笑ったりできる一冊ですね。


マハ……本書の「まえがきにかえて」で触れていますが、私自身、旅友である女友だちがいて、一緒に旅先でいろいろな経験をしてきました。小説を書くために取材をすることもありますが、自分たちの楽しみのための旅をしているときに、小説のアイディアを拾うことも多い。友人との旅は私にとってとても貴重な時間になっていて、この短編集では旅友と過ごしたなかで感じ取ったことを、小説に落とし込んでいます。
 長い付き合いの友人でもあるアメリカのアーティストのジェーン・デュレイに、私の写真をもとに描きおろしていただいた装画なので、ハグやナガラを私とリンクされる読者もいるかと思いますが、実際に私が巡っていた旅先を舞台にしたフィクションです。

 ——本書はほかの短編集に収録されていた作品や、文芸誌で発表されたものをひとつの文庫にまとめられていますが、最初からこういった構想はあったのでしょうか?

マハ……第一話にあたる「旅をあきらめた友と、その母への手紙」を『さいはての彼女』に収録したあとも、私と旅友との旅は続いていて、物語に書き留めておきたいエピソードがたくさんありました。出版社の方から短編のご依頼があるたびに「ハグとナガラ」のことを書かせていただき、いつしかひとつの連作短編のようになってきた。いずれ一冊の本にまとめたい気持ちはありましたが、発表媒体も出版社も多岐にわたっていたので、よほどのことがない限り実現できないだろうと思っていたんです。
 ところが、今年になって新型コロナウィルスの影響から、私たちの旅ができなくなり、世の中のみなさんも旅がしにくくなってしまった。今だからこそ、旅物語を綴った「ハグとナガラ」を読者に届ける意義があると思い、関係者のみなさんにご協力いただき、文庫化が叶いました。

逃げられない現実を受け止め、向き合うのと同時に、自分のためにもなにかをしてあげてほしい。

 ——その第一話は、母親が倒れたため帰省することになったナガラのことを思いながら、ハグがひとり旅をする物語ですね。ひとりで過ごすことになったからこそ、今までのナガラとの旅、そしてお互いの母親のことにハグは思いを馳せる。美しい紅葉の情景など季節感溢れる描写も多く、この時期に読むのにぴったりです。

マハ……実はこの短編は、伊豆・修善寺にあるホテルの社長に就任した私の友人に、お祝いとして書いた物語でした。ホテルに二泊ほど宿泊させていただき、旅先の情景を心に留めながら、込み上げてきた感情をそのままに書いたので、フレッシュな私の気持ちがパックされた作品になりましたね。
 作中でハグが手紙を認めますが、そのホテルには文箱が置いてあり、手紙を送れるようになっていました。ちょうどその頃、私の友人のお母様が病に倒れたということもあって、私も心のなかで手紙を綴った記憶があります。

 ——ハグは東京で働き、ナガラも長く大阪が拠点に生活していて、ふたりは遠く離れていながらも友情を育んできました。古くからの友人と出会うと、自然とお互いの両親のことが話題になったりしますが、四十歳を過ぎてくると両親ともども元気ということも少なくなってきますよね。

マハ……これだけ高齢化社会になると、親の介護の問題などは、生きている限り必ず通る道です。私にも高齢の母がいますし、他界した父も最後のほうは介護が必要になりました。脈々としたつながりのなかにある親と子どもの関係は、簡単に断ち切れるものではなくて、介護や子育てがある種の大きな心理的な負担になっていることもあります。とくに自分の親の場合は、今まで自分にしてきてくれることをなんとか返そうと、逃げずに奮闘している方も多い。
 ただ、親子の問題は逃げられない現実なんだと受け止め、向き合うのと同時に、自分のためにもなにかをしてあげてほしい、という気持ちが私の核にあります。日常の困難に立ち向かうためのモチベーションを上げる楽しみが、ハグとナガラにとっては女ふたり旅だったんです。

『ハグとナガラ』インタビュー vol.2につづく。インタビュー構成/清水志保)

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