『<あの絵>のまえで』インタビュー vol. 1
- 2020.03.18
- インタビュー
ゴッホ、ピエソ、セザンヌ、クリムト、東山魁夷、モネーー。マハさんの最新刊『<あの絵>のまえで』は、アート小説の名手らしく有名アーティストの作品を取り上げながらも、市井の人々の日常をあたたかく照らした短編集。アート小説という枠では収まりきらない魅力の溢れる本書を、マハさんはどんな思いで書き上げたのでしょうか。
人々がアートに感動してきた瞬間が、昔から脈々と連なっていると想像すると、「何が起きても大丈夫」という気持ちになる
——『<あの絵>のまえで』は、マハさんファンには馴染みのあるアーティスト、美術館が登場する短編集ですね。大原美術館に所蔵されているピカソの「鳥籠」とマハさんとの出会いは、この公式HPのプロフィールからも読むことができます。
マハ……初めて「鳥籠」を見たときに「下手だなあ」と思ったというエピソードのことですね(笑)。この小説では私が影響を受けた作品や、ふだん繰り返し訪れている日本各地の美術館にスポットを当てています。
日本は美術館大国で、47都道府県に必ず美術館があって、その気になれば日常的にアートに触れることができる環境です。とくにみなさんの地元にある美術館は地域に密着していて、いろいろな楽しみ方ができる。アートや美術館は敷居が高くないことをぜひ知っていただきたいですし、素晴らしい作品、素晴らしい日本の美術館のことを、私が作った物語を通して、みなさんとシェアしたい気持ちがありました。
——この短編集では、国内の美術館にある巨匠たちの所蔵作品が登場し、そのアートと出会うごくふつうの人々の物語が紡がれています。近刊の『風神雷神』を読んだあとですと、『<あの絵>のまえで』はより一層、身近な話として感じられるかもしれませんね。
マハ……いままでミステリ色の強い『楽園のカンヴァス』や『風神雷神』のようなスペクタルな歴史小説など、いろいろな角度からアート小説を発表してきました。美術史やアーティストの半生に触れることは、アートを語るうえでの魅力のひとつですが、この小説ではふつうの生活を営んでいる方たちにとってのアートのあり方、「ちいさな人生に寄り添う大きなアート」の物語を書きたかったんです。
——第一話「ハッピー・バースデー」では広島を舞台に、学芸員になる夢を持っていた夏花の、今までの誕生日に起こった出来事が語られます。二十歳という節目の誕生日、二十二歳の誕生日、そして今年の誕生日など、どれも彼女にとって忘れがたいエピソードがありますが、まだ二歳だった彼女が生まれて初めて名画の数々を見たシーンが好きです。
マハ……アートの話をすると、どうしても人類史など大層な話に移りがちですが、生命を維持していくアクティビティ以外のものであるアートに、心が震える感性を持つのは人間だけで、それは子どもであろうと大人であろうと同じように与えられた奇跡だと思います。
長い人類史的に考えても、私たちのちいさな生活から考えても、最終的には「人はアートに感動するDNAを持っている」ということにたどり着く。アートは長い間ずっと私たちのそばにあり、その時々の人たちが感動してきた瞬間が脈々と連なっていると想像すると、世の中でちょっとやそっとのことが起きても大丈夫だという気持ちになります。
——第二話「窓辺の小鳥たち」は、海外へ飛び立つ恋人を見送る私の物語です。この短編でピカソの「鳥籠」が出てきますが、恋人の「鳥籠」を見たときの感想がひと味違っていて、とても印象に残りました。「鳥籠」という言葉から受ける囚われた鳥のイメージと、この短編の読後感が対照的で、また改めて「鳥籠」を見てみたい気持ちになりました。
マハ……名画の前に立つと「これはすごい」という言葉しか出てこなくて、ときに名画は言葉をすべて奪ってしまいます。私の仕事は言葉で表現することなので、「すごい」の裏側にどんな気持ちを覚えたのか、私が思ったままに素直に書いているに過ぎません。ほんとうは名画について小説で言葉に起こすのは、すごく無粋なことをしていると思っていて、「この絵のすべてを伝え尽くしてやろう」なんて気概はまったくありません。私の小説を読まれたことで、実際に作品を見に行くきっかけになってほしいという願いのほうが強いので、読者のみなさんが私の言葉に満足せず、実際に作品と対峙してくださったときに、私の小説はようやく完結するように思います。(構成・清水志保)
『<あの絵>のまえで』インタビューvol.2につづく
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