『<あの絵>のまえで』インタビュー vol. 3

2020.04.07
インタビュー

 いつでもクリエイションを受け止める側は、「個」である自分だけ——。アートや小説が「個」に作用する力を信じ、デビュー15周年を迎えてもなお、精力的に小説を書き続けるマハさんが、『<あの絵>のまえで』で読者に届けたかったものとは……。
(注、本インタビューは二月上旬に行いました)

アートをサポートするための小説をここまで書き続けられていることにも感謝したい

 ——第五話「聖夜」は、一人息子を亡くした「私」が、短くもまっすぐに生きた彼の生涯を回想していきます。聡明で溌剌とした好青年だった息子が、どんな最期を迎えたのかと思うと、読んでいて切なくなりました。

マハ……ふだん私たちは、生きていること自体が奇跡だとは思わず、当たり前のように生活をしていますが、命は危ういもので、誰もが人生は一度限り。「生」に感謝しながら生きるなんて、なかなかできることではないけれど、それに気づけるポテンシャルというのは誰でも持っていて、音楽やアート、小説といった芸術作品が気づきを起こさせるインターフィスになる。私自身、アート作品からそういった体験をしています。

 ——息子は亡くなる直前に、「私」と当時の彼の恋人とある約束をしていました。息子の二十歳の誕生日にプレゼントした特別な絵が、十年の時を越えて、その約束を叶えてくれる。絵の前で佇む恋人、また彼女を見守る「私」の思いが交錯するラストは、静けさと祈りに満ちていてとても美しいシーンです。

マハ……生きていくうえでのモチベーションになったり、背中を押してくれるものがアートだったということがあるんじゃないかなと想像しました。自分が小説を書くときも、読者に向けて書こうといつも思っています。執筆自体は一人でやっていても、自分は一人じゃないと感じていますし、読んでいる方にも一人じゃないということを知っていただきたい。「人」という字は、人と人が支え合って……なんていうと説教っぽくなりますが、本当にそうだなあと思います。『<あの絵>のまえで』は小さな物語ではあるけれど、この物語で豊かな読書時間がみなさんに訪れると嬉しいです。

 ——最終話「さざなみ」は、パワハラのある職場で必死に働いていたものの、勤務中に倒れたことで解雇された女性が主人公です。病気が発覚し闘病を終えた彼女は、TVで偶然見た瀬戸内海のアートアイランドに心引かれ、地中美術館へと向かいます。今までの五編では登場人物たちの地元に近い美術館が舞台になっていましたが、「さざなみ」は一人旅へと出かける様子が生き生きとしていて、瀬戸内の島を想像しながら読むと、開放感と爽快感がありますね。

マハ……連載の最後が「聖夜」だったのですが、少し寂しい物語なので、単行本では「さざなみ」をラストに収録しました。短編集を通して読んでいただくと、明日に向かって一歩を踏み出す終わり方になっていて、誰だって、どこからだってアートに尋ねていける、という気持ちを込めています。
「さざなみ」に出てくる地中美術館所蔵のモネの「睡蓮」は本当に素晴らしいですし、島に遊園地を作ることだってできたのに、アートアイランドを作ったことで、島を元気にしていることも素晴らしいですよね。

 ——2020年は作家デビュー15周年ですね。ラブスートリー色の強い『カフーを待ちわびて』、お仕事小説ともとれる『本日はお日柄もよく』などアート小説以外の作品もたくさん発表され、読者としては「次はどんな切り口の新作を出されるのかな」と、いつもわくわくしながら待っています。

マハ……ゴッホが晩年、あんなに激しく発信し続けられたのは、世界中にたった一人でも弟のテオが受け止めてくれる人がいたから。私の小説を読んでくださる読者がいなかったら、小説を書き続ける意味がなくて、ただの独り言になってしまいます。私にとっては読者のみなさん全員が私のテオで、何万人ものテオがいることが本当に有難いです。
 アートと関係が強い小説を書きたいという気持ちもあって作家になったので、アートをサポートするための小説をここまで書き続けられていることにも感謝したいです。最近は、史実を大胆に織り交ぜた小説に挑戦していますが、「マハさんの書いていることだから、半分うそで半分ほんとで受け止めよう」と、私の企みを理解してくださる読者の方が多くてほっとしています。読者のみなさんと一緒に成長してこられたように思うと、それがまた嬉しいです。
 これからもずっと新しい企みや新しい発信をしていくと思いますが、みなさんと一緒に作って一緒に楽しんでいきたい。またそういう思いで、これからもアートのことをサポートしていきたいです。
(構成/清水志保)

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