『<あの絵>のまえで』インタビュー vol. 2

2020.03.25
インタビュー

「読者のみなさんが実際に絵を見に行くきっかけになってほしい」という願いを込めて、マハさんが書き上げた最新刊『<あの絵>のまえで』。本書で登場する名画はどれも国内の美術館に所蔵されていて、その気になれば会いに行けるものばかり。「ちいさな人生に寄り添う大きなアート」の物語が生まれた舞台裏を、まだまだ語っていただきました。

誰にでもあるちいさな物語が詰まった読者コラムを、マハテイストのアート版に

 ——第三話「檸檬」は、絵を描くことが好きだった女性が主人公で、彼女の学生時代の出来事からはクリエイター特有の葛藤や嫉妬、羨望などが伝わってきました。ひょんなことから彼女は、箱根のポーラ美術館にたどり着きますが、セザンヌの名画と対峙することで、彼女が自分自身の内面とも向き合っている様子は、軽快な語りのなかでも胸に迫るものがありました。

マハ……音楽や演劇、また映画や小説でも、クリエイター側はいろいろな人と一緒に作品を作り上げていきますが、いつでもクリエイションを受け止める側は「個」である自分だけなんですよね。絵と向き合うことも同じで、最小である「個」で絵とコンタクトして、絵が発信してくるものをキャッチする。芸術作品が「個」に働きかけることで、「個」の力が大きく動く瞬間というのは必ずあって、アートには誰かの励みや力になる作用が多分にあります。

 ——自分の人生のなかで、出会うべきときに特別なアートと出会うことができたら、これほど素晴らしいことはないですね。

マハ……自分にとっての傑作、一番の友だち(=アート)というのは、人それぞれ違うもので、時代によっても見るひとの環境や心情によってもまるで変わってきますから、これが答えだというものはありません。かつて見た絵と年齢を重ねてから向き合うと、コンタクトの度合いも変わり、その時々で胸に迫るものが違ってくる。アートは自分の心を映す鏡のようなものです。

 ——第四話「豊饒」では、作家になる夢を持ちながらも商品レビューのライター業を営む「私」と、彼女の部屋の隣に引っ越してきた年配の女性・スガワラさんとの交流を描いた物語です。スガワラさんと出会ったことで「私」に起きた小さな変化が、その後の人生の大きな転換期になると想像させる内容でした。

マハ……いまの世の中では自分と他者との関係性が見失われがちで、直接、誰かと会わなくてもインターネットで繋がっていれば、なにか体験できたような気持ちになるかもしれません。でも人間である限り、人生のどこかしらで、他者との関係性が浮かび上がってくる。他者との触れ合いによって、その人のなにかが目覚めることを恐れないでほしいですし、むしろ他者との関係性を大切にしていってほしいですね。

 ——スガワラさんが働く豊田市美術館には、「私」がかつて祖母からもらったポストカードに描かれていたクリムトの絵が所蔵されています。美術館に訪れた「私」は、初めてスガワラさんが何の仕事をしていたのか知りますが、読んでいるほうも少し驚きました。

マハ……もしかすると何百億円もするクリムトの名画とスガワラさんの職業には開きがあって、意外だと感じられるかもしれませんが、美術館という同じ空間のなかで彼らは共存し、等しく価値がある。以前、『独立記念日』のなかでもスガワラさんと同じ職業の方を登場させましたが、いくつになってもパブリックなところに出ていく自分の立場を弁えて、まず「個」である自分を整え、見ず知らずの人のために一生懸命に働いていらっしゃる女性たちの姿を素敵だと思っています。

 ——スガワラさんが「クリムトとゆっくり会ってきてね」とさっと自分の仕事に戻る姿もかっこよかったです。

マハ……自分の持ち場を守るプロフェッショナリズムと、人を思いやるスガワラさんの気遣いが表れていますよね。この短編集では他者に対する思いやりが肝になっていて、他者を思いやる人たちは必ずどこかにいて、こういうドラマが本当にあるんじゃないかなと想像することは、自分自身がとても楽しめました。
 昔から新聞の読者コラムを読むのが大好きで、ちいさな出来事の中でみなさんが感じられた感動や感謝、寂しさや悲しみといった揺らぎの瞬間が、読者コラムには投稿されていますよね。『<あの絵>のまえで』はマハテイストのアート版読者コラムといった感じもします。

(つづく。『<あの絵>のまえで』インタビュー vol.3 は近日公開予定/構成・清水志保)

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