トークイベント「いまひとたびの『風神雷神』」レポートvol.1

2020.03.02
レポート

 謎の多い絵師・俵屋宗達の冒険譚を昨秋発表した原田マハが、国宝「風神雷神図屏風」を所蔵する京都国立博物館館長の佐々木丞平さん、同館の教育室長で漆工芸専門の永島明子さんとのトークイベントに出演。「いまひとたびの『風神雷神』」と題して2月9日に行われた講演会の内容を、ダイジェスト版にまとめ、みなさまにお届けします。

私の小説を読んだことがみなさんのツーリズムに繋がることをいつも願っている

マハ……みなさま、本日はご来場いただき、ありがとうございます。日本を代表する研究者であるお二方とここでお話できることを嬉しく感じています。

佐々木……今日は京都国立博物館館長という立場ではなく、いち研究者としてお話させていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

永島……まずは原田さんに昨年刊行されました小説『風神雷神』が、どのようにして生まれたかをお話いただければと思います。

マハ……そもそもこの小説を書くきっかけは、京都新聞の方から京都を舞台にしたアート小説のオファーをいただいたことでした。「京都」と「アート」というテーマであれば、今まで私が挑戦したことがなかった日本美術にスポットを当てたかった。日本美術には魅力的な絵師がたくさんいて、どの時代のどの絵師でも面白い話になりそうですが、一番有名な絵を描き、一番謎めいていた絵師に白羽の矢を立てたところ、俵屋宗達に行き着きました。
「風神雷神」は 昨年開催されたICOM2019京都大会でも、今夏に行われる東京オリンピックでもプロモーションのアイコンとして取り上げられるほど、日本人に馴染みのある作品。それでいて宗達自身の経歴は生没年すらはっきりしないところに、史実の合間を縫ってフィクションを作れる魅力も感じました。
 宗達が生きたと思われる時代の歴史的背景を調べていくと、天下人・織田信長にキリスト教が容認され、キリスト教の宣教師たちから南蛮のアートや技術、工芸品が伝えられていた。ローマ法王への謁見のため、四人の少年たちが天正少年使節団としてローマへと旅立った時期とも重なり、しかも彼らは宗達と同じくらいの年齢の少年だったかもしれない。そこから一気に物語全体のイメージが痛快なほど広がっていき、宗達には天正少年使節団と一緒にローマに行ってもらおう、そして彼らと同時期にローマにいたカラヴァッジョと遭遇させてしまおうと(笑)。研究者の方からすると荒唐無稽な話で、専門家でいらっしゃる佐々木館長には怒られるかもしれませんが、これは作家の想像から端を発した誰も考えつかない物語になると思いました。

佐々木……『風神雷神』はとても面白く読ませていただきました。史実とフィクションの関わりというのは非常に難しいところがありますが、登場人物たちの会話のなかから滲み出てくる心理描写が巧みで、小説家には敵わないなあという思いがしました。

マハ……ありがとうございます。この小説を書き始める前に佐々木館長にご挨拶に伺って、京都新聞でこの大胆な物語を連載してもよいかとご相談しました。佐々木館長はうーんと考え込まれていましたが、「私としても博物館としても、原田さんが創作しようとしていることを止めることはできません」と京都風に遠回しに許可をいただき、心のなかで「よし!」と喜びました(笑)。
 私がたびたび用いる小説の手法に、プロローグとエピローグに現代パートを配置し、過去の物語を間に挟み込む構成があります。遠い昔の話が現代を生きる私たちと地続きだと感じていただけるように、この小説でも現代パートで京都国立博物館に勤務する望月彩という女性を語り部として登場させています。私の小説を読んだことがみなさんのツーリズムに繋がることをいつも願っていますので、京都国立博物館の実名を出させていただきたいと佐々木館長に申し上げたら、「プロモーションになるのであれば、それはいいことではないですか」とまた遠回しに快諾いただいて、嬉しかった記憶があります。

永島……原田さんが京都国立博物館に取材に来てくださったとき、ちょうど琳派展を開催していて、その担当が女性の研究員でしたが、ほかの原田さんの小説でも女性の研究員や学芸員がたびたび登場しますね。

マハ……男性の語り部でもよいのですが、女性にすることで自分に引き寄せて近づけて考えられるという側面はありますね。もちろん『風神雷神』では、女性研究員の方に取材をさせていただいたことは大きかったですが、幼少のころから琳派を愛し続け、少女の心を持ったまま研究者になった彩という存在は、私の憧れやロマンでもある。彼女が「いまひとたびの琳派」という展覧会を企画したという話から本書は始まるのですが、今回のトークイベントのタイトルは「いまひとたびの『風神雷神』」。京都国立博物館の方が作中の言葉をもじったタイトルをつけてくださり、これほど嬉しいことはございません。このトークイベントのステージが私にとってどれほどのドリームなのか、小説をお読みになっていらっしゃらない方のためにここで冒頭を少し朗読してもよろしいでしょうか? (構成/清水志保)


(“トークイベント「いまひとたびの『風神雷神』」レポートvol.2 ”につづく)

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