トークイベント「いまひとたびの『風神雷神』」レポートvol.3

2020.03.16
レポート

 俵屋宗達が生きた時代の日本美術について、佐々木丞平館長によるレクチャーも交えて進むトークイベント「いまひとたびの『風神雷神』」。当時の時代背景を踏まえながら、マハさんの想像から生まれた少年・宗達は、好奇心が強く魅力的な少年でした。研究者である佐々木館長は、小説『風神雷神』を読まれてどう感じられたのでしょうか。

博物館、美術館のみなさまの弛まない努力とご尽力に、尊敬の念を忘れません

佐々木……私が原田さんの『風神雷神』を拝読して、いち研究者として「これはやられたなあ」と感心したのは、狩野永徳が描いた「洛中洛外図屏風」にまつわるシーンです。
 いま私たちが文献で確認できるのは、織田信長が手に入れたこの絵を、上杉謙信に献上した年、そして献上する8、9年前には絵が完成していたという二点で、その事実から研究者は、信長が永徳の描いた絵を、何らかの手を経て謙信に贈ったとシンプルに考えてしまいます。しかし小説家である原田さんは、「絵の依頼主だった足利義輝が暗殺されたため、永徳は絵を未完のまま寝かせておいた」と考える。改めて信長の命を受けて、永徳は未完の絵を宗達と一緒に完成させたというプロセスをとられるところに、これは小説家でないとできない発想だと思いました。

マハ……さすがのご指摘で、私のほうは冷や汗がひどいですが(笑)、実はここは佐々木館長に怒られてしまうポイントかもしれないと思っていました。宗達と永徳が出会い、まさかコラボレーションしたなんてことは誰も想像しないでしょうが、自分の中での夢のコラボを小説で描いています。
 もちろんそんな文献は残っていませんし、こんなことを書いていいのかという恐れも私のなかにありましたが、素晴らしい絵師である宗達と永徳が同時代を生きていたことを際立たせたかった。「風神雷神」も「洛中洛外図屏風」もとても有名な作品なのに、二人が生きた時代が重なっていて、ましてやローマではカラヴァッジョも活躍していたということを意識するひとは、ほとんどいません。

佐々木……研究者は確実な資料や文献を手掛かりに歴史を見極めようとします。そこにフィクション的な発想がなくもないですが、あくまで仮説には証明が必要で、証明することで仮説が事実になるという段階を踏みます。研究者はいずれ証明することができるだろうという希望を持って仮説を立てるので、どうしても仮説の立て方には限界がある。小説家の方はフィクションでその限界を大きく飛び越えることができるのがすごいですね。我々、研究者もそういう勇気があれば、また研究も変わってくるのかもしれません。

永島……研究者や学芸員は、博物館で展示する作品に短いキャプションを書きますが、わかっているデータを読みやすくみなさまにご提供するよう心がけています。実際はどの研究者も作品の裏側にあるドラマに触れていますが、限られた文字数のなかではご紹介しきれないジレンマがあるなか、小説という表現は本当に自由で、書いていて楽しそうだなと想像しました。

マハ……書いていて筆が乗ると本当に楽しいですし、小説を読者のみなさまにお届けするということを最終的な楽しみに書いています。
 博物館などで作品のキャプションを読むと、研究者の方々が私たちの共通の財産である文化財を守り、どう伝えていこうか、短い言葉のなかで苦心されているのが感じられます。家族を思いやりサポートする言葉のようにも思え、博物館、美術館のみなさまの弛まない努力とご尽力に、尊敬の念を忘れません。みなさまの素晴らしいお仕事、そして素晴らしいアートを見ていただくためにも、ぜひ博物館に足を運んでいただきたいです。

永島……京都国立博物館では京都市内の小中学校に「風神雷神」の複製を持ち出して、出張授業も行なっています。「『風神雷神』の二神のポーズは、実際にやってみると無理があるのでは?」「なぜこの雷神の肌は白いのか?」「二神の位置を変えてみるとどう印象が変わるのか?」など、講師役の大学院生たちが、どんな内容の授業にするか相談して決めています。小中学生たちの前で屏風を広げるところから授業をスタートするのですが、どれだけ大切に屏風を扱っているかがみなさんに少しでも伝わればいいなと思っています。

マハ……私も『風神雷神』を書いているときに、信長の前に「洛中洛外図屏風」が出てきたときにどうやって屏風を広げたのか、妄想知恵を働かせて想像しましたが、実物を目の前にすると「こんなに屏風が大きいのか」「巻物はこんなに長いのか」と体感できますよね。複製であるからこそ、アートのほうから出かけていくことができますし、子どもたちへ向けた活動というのも素晴らしいです。こういった活動が増えると、文化財の未来というのは明るくなるのはないでしょうか。(構成・清水志保)

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