最新刊『風神雷神』インタビュー vol.3

2019.11.14
インタビュー

 もし国宝「風神雷神図屏風」を描いた俵屋宗達が天正遣欧使節の一員として、ルネサンス期のイタリアに降り立っていたら——。歴史のなかに残された0.1%の可能性から大胆な発想で魅せる『風神雷神』ですが、本書にもマハさんの変わらぬアート、アーティストへの静かな祈りが込められていました。

過酷な運命も背負いながら、悲運を超えられる素晴らしい瞬間を創作する

 ——天正遣欧使節の一員として、ローマへ派遣された俵屋宗達と原マルティノたちは、航海の途中でインドやオランダなどに立ち寄ります。旅の先々でミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチといった後世に残る傑作に触れ、宗達は絵への情熱を再燃させていきますが、そんな宗達とカラヴァッジョが出会うというドラマチックな広がりに驚きました。

 あの俵屋宗達とカラヴァッジョが世界史的にみると同じ時代を生きていたということは、読者のみなさまに注目していただきたかったことのひとつです。当時、天正遣欧使節がイタリアに来ていることは大きなニュースになっていましたし、大成する前の少年・カラヴァッジョが自分と同じくらいの年齢の少年たちのニュースを知らないわけがありません。カラヴァッジョがミラノで修行をしていた時期に、天正遣欧使節が渡航していたという歴史的事実を頼りに、本書の後半は書き上げていきました。

 ——カラヴァッジョはルネサンス期の後半に登場したイタリアの画家です。人物を写実的に描き、明暗をはっきりと分けた表現方法で、バロック絵画にも影響を与えました。カラヴァッジョも「風神雷神図屏風」を残した宗達と同じく、500年以上も前にけっして色褪せない傑作を生み出した一人でした。

 カラヴァッジョの作品を見ると、彼自身が絵筆や絵そのものになって、神の高みに達しようと臨むほどの心持ちで描いているように感じます。それほどの集中力と天性の才能で描かれた絵画は、どんな時代のどんな人類が見ても傑作に違いなく、見る人の魂をも震えさせることができる。宗達にしても、自分のなにかを残すために描いているわけではなく、「天下人に捧げたい」「神や霊的な存在に近づきたい」という思いを持っていたかもしれません。純度の高い魂の煌めきが刻まれた作品は、500年という月日が経っても風化せず、いま見てもブリュットな迫力があります。

 ——ともに絵を愛し、のちに最高傑作を世に送り出す真っ直ぐな少年二人の出会いは、わずか一日という短いものですが、本書のなかでも際立って眩く美しいシーンになっていますね。

 とても残酷なことに、天正遣欧使節の少年たちの運命もカラヴァッジョの運命も、結末はたいへん厳しいものが待っています。でももし長い歴史のなかで、宝物のような奇跡の出会いが一瞬でもあったとしたら、悲しい運命を知ってしまっている後世の私たちの慰めになってくれるかもしれません。彼らの過酷な運命も背負いながら、悲運を超えられるような素晴らしい瞬間を創作していく。それが美術史をベースにした小説を書くときの素晴らしいところでもあり、辛いところでもあります。
 今回、歴史小説を初めて書いて一番感じたことは、人として生きていくうえで逃れられない生と死、出会いと別れのなかで、それでも時を越えて傑作が残っていく素晴らしさを共有したいということ。そしてアートを守り、次の世代に繋いでいくためにも、美術館へ行き、アートを観て、自分の人生を豊かにしていく。このことを伝えていくのが、私が生涯を通して小説を書いていく意義だと思いました。
 この『風神雷神』は旅の終わりのような充実感と寂しさを感じながら書き終えました。ぜひみなさまも宗達やマルティノとともに、長い旅に出てください。

(インタビュー・構成/清水志保)

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