『リボルバー』インタビュー vol. 2
- 2021.06.11
- インタビュー
戯曲化を前提とした原作小説を執筆するにあたり、ゴッホとゴーギャンは舞台映えすると想像したマハさん。『リボルバー』では「ゴッホの死」にまつわるリボルバーを巡りながら、天才画家たちの濃密な半生を浮き彫りにしました。
小説の力でゴッホとゴーギャンの関係性を探れるところまで探ってみたかった
——パリ大学で美術史を学んだのち、オークション会社で働く高遠冴のもとに、自身も画家であるサラという女性が、ゴッホが自殺したときに使用したリボルバーを持ち込みます。冴が会社の同僚たちとリボルバーの真偽を探る旅をするうちに、読者も自然とゴッホやゴーギャンへの理解が深まっていく内容ですね。
マハ……21世紀のいまの視点から、ゴッホとゴーギャンという画家たちを検証したかったんです。21世紀のオークションハウスに勤める冴たちのグループにゴッホ、ゴーギャンへの見解を語らせ、ゴーギャンや彼の子孫たちが19世紀のゴッホを中心としたアーティストたちの生き様を告白する。現在と過去が複雑に交差する形で、パラレルな物語を構築しました。
——冴たちはゴッホが最後に過ごしたオーヴェール=シュル=オワーズを訪れ、実はサラが、持ち込んだリボルバーを「“ゴーギャン”のリボルバー」と呼んでいたことを知ります。リボルバーを巡るミステリ色から一転して、そこから物語はゴッホとゴーギャン、二人のアーティストに肉薄していく展開を見せます。
マハ……「誰が引き金を引いたのか?」と『リボルバー』の帯に書かれていますが、ミステリという形を借りながら、小説の力でゴッホとゴーギャンの関係性を探れるところまで探ってみたかったんです。あの時代にゴッホとゴーギャンという二人の天才画家たちの間になにが起こったのか。画家であるからこその嫉妬や確執、そこを超えた友情、そして彼らはなにを乗り越えられて、なにを乗り越えられなかったのか。史実をもとにしたフィクションだからこそ、作者としての私の思いが強く投影されているところはあります。
——ゴッホとゴーギャンはアルルで70日間余りの共同生活を送りますが、「耳切り事件」をきっかけに仲違いをし、その後、二度会うことがなかったんですよね。
マハ……ゴーギャンはよくゴッホと対で語られることが多い画家で、ゴッホの神話化に比べると、ゴッホを見捨てて出て行った冷徹な男としてヒール役にされることがとても多い。でも研究者たちはまったく違う見方をしていて、ゴーギャンが残した作品のクオリティの素晴らしさから、ポスト印象派主義の一角をなす非常に重要な画家だと評価しています。
私からすると、とんでもない画家であるゴッホと、とんでもない画家のゴーギャンが共同生活をしていたなんて、とんでもないが二乗になった奇跡的なことで、改めて二人にとってもとんでもない時間だっただろうなと思いました。
幸せだったと無理やり言う必要もないけれど、不幸だったと言い切る必要もない。
——「ゴッホとゴーギャンはまるで似ていない双子のようだ」という描写がありますが、二人を評するときにこの言い回しはよくあることなのですか?
マハ……おそらく誰も使っていない言葉で、この二人はそういう関係性なのだなと『リボルバー』を書いていて思いました。ゴッホもゴーギャンもフレームにはめることができないタイプの人物ですが、ゴーギャンは破天荒であっても、ゴッホと比べると意外と真っ当なところがあった。自分で制御してハンドリングしないと、自分の暴走がとんでもないところに行ってしまうことを、ゴーギャンは冷静に理解していたように思います。ゴッホが自分の思うことに忠実に生きることができたのは、やっぱり弟のテオという支えてくれる存在があったからこそなんですよね。
—— “ゴーギャンのリボルバー”に思い巡らすうちに、冴たちも身内に愛されているゴッホのことを、「必ずしもゴーギャンより不幸ではなかったかもしれない」という考えにたどり着きました。
マハ……残された資料を見ると、ゴッホは確かに経済的にも精神的にも追い詰められていて、恵まれた人生ではなかったのは事実です。絵が売れず、認められもせずに一生を終えた人生を不幸だったと考えるは、ふつうの感覚だとは思いますが、本当にゴッホが不幸だったのかどうかは、誰にもわからない。「それでも幸せだった」と無理やり言う必要もないけれど、「不幸だった」と言い切る必要もない気がしていて、120%、懸命に生きたゴッホ、そしてゴーギャンのことを「幸福であったかもしれない」と思いたい気持ちもあります。
でも人間って意地が悪くて、ものすごく彼らが成功していてハッピーだったら、死後、こんなにもてはやしてはいないかもしれない。これだけ素晴らしいものを作ったのに生前に認められなかったという事実に、好奇心をそそられるのもまた事実なのでしょう。
(『リボルバー』インタビュー vol.3につづく。インタビュー・構成/清水志保)
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