『リボルバー』インタビュー vol. 3

2021.06.18
インタビュー

 アートミステリの形をとりながら、マハさんの視点からゴッホとゴーギャンの関係を鮮やかに浮かび上がらせた最新刊『リボルバー』。悲運の画家と言われることが多い彼らの生き様を、あたたかい眼差しで描いた本書で、マハさんがたどり着いた境地とは?

大胆不敵で天才的なゴッホの絵とは対照的に、静謐さ、冷静さを感じるゴーギャンの絵。

 ——第二章「サラの追想」では、幼少期からゴッホの絵に夢中だったサラの視点で物語が進みます。画家の道を模索している彼女が、画家のひとりとしてゴッホ、ゴーギャンを語ることで、より一層、天才画家たちの凄みが伝わってきました。

マハ……美術史の観点からみても、私の小説のフィルターを通してみても、ゴッホは超人的な画家で、画家じゃなかったら呼吸ができないような人物でしたね。画家以外に生き抜く方法がなかった切実さが、『リボルバー』を描いたことで鮮明になりました。
 でも突き詰めて考えると、表面的なナイーブさが際立つゴッホだけれども、絶対に描くという強さを持っていた。描きたい題材もたくさんあって、とことんやり続ける覚悟もあったはずなのに、彼はどうして自殺をしたのか? 自殺する理由が見当たらない「ゴッホの死」の謎も、この物語を描く出発点でした。

 ——第三章でサラの母親・エレナの告白を読むと、冷徹なイメージのあるゴーギャンのほうが、愛する女性がいないと生きていけない弱さを感じますね。

マハ……ゴッホに先輩ぶってみたり、自分を大きく見せようとするゴーギャンには、ゴッホへの恐れや怖さがあったように思います。大胆不敵で描き殴っても天才的にバランスがいいゴッホに対して、ゴーギャンは緻密に画面を構成し、色彩も考えて筆を運んでいる。画家の心の鏡であるタブローには、画家そのものが映し出されるもので、静謐さ、冷静さを感じるゴーギャンの絵からは、彼の繊細な内面が滲み出ています。比較されることの多いゴッホとゴーギャンですが、それぞれ違う素晴らしさなんですよね。

もしテオが思い切ったことができたら、美術史が大きく変わっていたかもしれない。

 ——素人考えなのですが、そんなすごいアーティストだった二人が、どうして当時、認められなかったのかが不思議で仕方ありません。

マハ……今回、原作と戯曲を書いてみてたどり着いたひとつの結論は、テオが常識人過ぎて、彼らを上手に売り込むことができなかったということ。彼はゴッホの絵を「時代の先を行き過ぎている」と言いますが、結局、それは言い訳なんですよね。責任感の強いテオは、自分が潰れてしまったら、自分を頼っている家族やアーティストも一緒に潰れてしまうと危惧していた。彼が務めていたグーピル商会は保守的な画廊でしたし、当時は画廊の在庫を全部表に出す展示方法をとっていました。ヴィーナスや美少女の絵がひしめき合うなか、絵の具が躍動するようなゴッホの絵を飾るのは自殺行為に近い。
 もしテオが思い切ったことができたら、美術史が大きく変わっていて、モダンアートが50年ほど早く始まっていたかもしれないですね。もしそうだったらピカソはどうなっていただろうと、時間の歪みを想像するのもまた面白いです。

 ——ゴッホが死んだあの日、なにが起きたのかが、第四章「ゴーギャンの独白」で語られますが、臨場感溢れるシーンが続き、引き込まれるように読みました。

マハ……ゴーギャンの口を借りて、あの日の出来事をつぶさに語らせるというのは、私も想像していなかったんです。90%は仮説の積み重ねで進んでいった「リボルバー」という物語が、最後、ゴーギャンが独白することで、ある真実に迫ることができた。この章を書いたことで、実はこうだったのかもしれないと、私自身、いろいろなことが見えてきました。

 ——いよいよ来月から舞台の公演が始まります。

マハ……私の小説を読んで、ゴッホやゴーギャンの心情を追体験していただき、舞台では役者のみなさんが体現する登場人物を通して、今度は疑似体験していただきたいですね。

 ——いま書店の店頭ではひまわりを飾った多面展開がされていて、書店のみなさんも楽しみながら盛り上げてくださっています。

マハ……表紙にはゴッホがアルルでゴーギャンを迎えるために描いた四点の〈ひまわり〉のひとつ、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵の有名な作品を使わせていただきました。裏表紙は〈ひまわり〉の絵を欲しがるゴーギャンのためにゴッホが描いたコピーの〈ひまわり〉。双子のひまわりとも言える絵があるカバーを外すと、ゴーギャンの〈肘掛け椅子のひまわり〉が出てくる贅沢な一冊に仕上がっています。
『リボルバー』と一緒にひまわりの花が咲き誇ったような明るい店頭を作ってくださって嬉しいです。ゴッホが「日本、がんばれ!」と言ってくれているような気がして、この表紙にしてよかった。多くの方に読んでいただいて、アート、タブローに興味を持っていただけるきっかけになれたらいいです。

(インタビュー・構成/清水志保)

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