『リボルバー』インタビュー vol. 1

2021.06.05
インタビュー

 アート史上最大の謎「ゴッホの死」に迫るミステリ『リボルバー』を上梓したマハさん。7月には本書をもとに自ら脚本を手がけた舞台「リボルバー」の公演を控え、この夏を熱く賑わせてくれそうな『リボルバー』の創作の舞台裏をマハさんに訊きました。

ゴッホは軽い気持ちで触れると火傷するような感覚にさせるアーティスト

 ——最新刊『リボルバー』は謎が多い「ゴッホの死」を巡るアートミステリですが、『たゆたえども沈まず』もゴッホというアーティストの半生を切り取った物語でしたね。

マハ……『たゆたえども沈まず』を書いたきっかけは、19世紀に実在した人物である画商の林忠正のことを書こうというのが入り口でした。1870年代から1890年代はモダンアートの形成のなかでも激動の時代で、その同時代に林忠正とゴッホがパリにいたという事実に頓着したのが『たゆたえども沈まず』だった。でもいざ書き上げたら物語の先にあった出口は、ゴッホだったんです(笑)。ゴッホが出口だったことは自分でも意外で、ゴッホのことをもっと深く突き詰めてみたいという思いが、だいぶ長い間、残っていました。

 ——マハさんは『リボルバー』に寄せたコメントで、「ゴッホは生きた。そして書いた。その事実に近づきたくて、1歩踏み込んでしまった」と書かれています。マハさんがずっと大好きなアーティストであるゴッホのことなのに、“踏み込んでしまった”という表現を使われていることがとても気になります。

マハ……私にとってゴッホはあまり触れてはいけないアーティストで、軽い気持ちで触れると火傷をするような感覚があるんです。学生のころからモダンアートが好きで、いろいろなアートを見てきましたが、ピカソやルソー、マティスとの間で育めた愛着や友情とはまったく違う気持ちを、ゴッホには抱いてしまう。ゴッホが持つ引力というか、磁力はほかの誰にもないものなんですよね。

リボルバーのニュースを知って、今まで散り散りだった小説のパーツが繋がった

 ——そんな存在のゴッホのことを、いま一度小説に書かれたきっかけは、なにかありますか?

マハ……四年ほど前に、当時PARCO劇場のプロデューサーだった毛利美咲さんから「戯曲に挑戦してみませんか」とご依頼をいただいて、ゴッホと彼に深い関係があるゴーギャンにフォーカスした戯曲を書けたら面白いと思ったんです。あの二人なら舞台映えするだろうなあって(笑)。そこで「ゴッホとゴーギャンの間に何が起こったか、そんな舞台でいかがでしょうか」と提案してみたら「すごく面白そう!」と言っていただいて。毛利さんは演劇界きっての名プロデューサーで、数々の伝説的な舞台を世に送り出してこられた方。だから「これはしっかり応えなければ」と、焦らずにじっくりと作り上げていこうと心を決めました。ゼロから戯曲を書くのは初めてのことでハードルが高いので、まずは戯曲化することを前提にした原作小説を書くために、ずっと題材に合ったネタを集めていました。

 ——ゴッホといえば、謎の死を遂げた天才画家として、アートファンならずともよく知る存在です。自殺説が有力ですが、リボルバーの入手経路や自殺の動機などはわかっていません。

マハ……二年ほど前、ゴッホが自殺に使ったとされるリボルバーが、パリの競売会社で競売にかけられました。「このエピソード、原田マハさんが書きそうな感じ」と、読者の方がこのニュースを引用しているツイートを偶然見て、初めてオークションのことを知ったんですが、そのとき今まで散り散りだった小説のパーツが繋がった気がしましたね。

 ——出品されたリボルバーは、ゴッホが最後に過ごしたオーベール・シュル・オワーズの畑から見つかったもので、展覧会で展示されたこともある代物ですが、ゴッホが使用した確証はないんですよね。実際にマハさんはそのゴッホのリボルバーのオークションには、行かれたのですか?

マハ……オークションのスケジュールを調べてみたら、ちょうどパリにいるタイミングだったので、実際にパリのオテル・ドゥルオーでのオークションを見に行きました。パリのオテル・ドゥルオーは19世紀後半にできた大規模なオークションハウスで、毎日、なにかしらのオークションが開催されています。オークションというと、何億円もする名画をお金持ちが落札しているイメージがありますが、オテル・ドゥルオーでは古物商のプロという雰囲気のひとから、ただぶらぶらと見ているようなひとも来ていましたね。
 ゴッホが自殺したときに使用したリボルバーが出品されるということで、会場はすごい熱気で、世界中からメディアも駆けつけていました。日本人はほとんどいなかったので、目立っていたのか、フランスの新聞「ル・モンド」の記者にインタビューされて「私は作家で、ゴッホの小説を書いた」って答えたら次の日の新聞に載っていました(笑)。

『リボルバー』インタビュー vol.2につづく。インタビュー・構成/清水志保)

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