『キネマの神様 ディレクターズ・カット』インタビュー vol.3
- 2021.04.23
- インタビュー
映画界のレジェンドたちから一日映画大学の講義を受け、『キネマの神様 ディレクターズ・カット』の執筆に取り掛かったマハさん。本書には、脚本では踏み込んでいない心理描写を、マハさんの言葉で埋めた印象的なシーンがありました。
ゴウの伝えたかったことを私の解釈で補完しながら、言葉を膨らませるととてもしっくりきた。
——映画の後半で、娘の歩がゴウの手紙を朗読するシーンがありますが、映画では短くシンプルな台詞で描写されています。「ディレクターズ・カット」ではとくにこのシーンが、マハさんの言葉で丁寧に心理描写されているように感じました。
マハ……娘の口を通して、ゴウが自分の思いを伝えるという発想は、私の原作にはないものでした。シャイなゴウは面と向かって家族に思いを言えないタイプで、そんなゴウの言葉を娘の口を通して伝えたことで、父娘に一体感が生まれる感動的なシーンになっていますよね。
このシーンはゴウの伝えたかったことを私の解釈で補完しながら、言葉を膨らませて書いたら、自分でもとてもしっくりきたんです。松竹のプロデューサー・房俊介さんは「手紙のシーンは“ゴウのアリア”ですね」って言ってくださった。「男はつらいよ」シリーズで、寅さんが身の上を語ったり、説教したりする口上のシーンを“寅のアリア”というのを知っていたので、とても嬉しかったです。
——「ディレクターズ・カット」を読まれた山田監督の言葉が、本書のあとがきに掲載されていますが、マハさんの書かれた心理描写からまた映画を撮り直したい気持ちになったと語られていますね。
マハ……自由にノベライズを書いてくださいと仰っていただいたものの、「これは違うんだよな」と言われたらどうしようと、原稿をお見せしたときはとても緊張しました。でも原作を血肉に、まるで新しい感動的な物語になった脚本をベースに書いている小説だから、きっと山田監督に受け入れていただけるはずだとも思った。山田監督からは「『ディレクターズ・カット』の原作者であり、『キネマの神様』の映画監督という名誉を得ました」とも言っていただけてよかったです。
山田監督がずっとやり続けられてきたことを、自分のクリエイションにつなげていきたい。
——映画の制作現場という華やかな場を映しながらも、三世代の家族愛、夫婦愛、そして友情といったテーマが描かれていて、どの世代の方にも共感していただける映画だと思いました。
マハ……今回、山田監督と交流させていただき、山田監督は普遍的に多くの人たちに訴えかけられる共感性を持ち続けていらっしゃると感じました。「男はつらいよ」も共感の幅が広い作品で、どんな立場の人間が観ても、ある一点において必ず感動できますよね。きっと山田監督は、映画で重要なことは共感と共有だと思っていらっしゃって、私が小説で目指しているものと同じなんです。
いち映画愛好者として山田監督の背中を追いかけ、僭越ながらも山田監督のDNAを受け継ぐ者として、メディアは違えども、山田監督がずっとやり続けられてきたことを、自分のクリエイションにつなげていきたいです。
——映画の公開(8月6日)までまだ時間がありますが、原作ファンの反響がいまから気になりますね。
マハ……嬉しいことに、原作を愛してくださっている熱心なファンが多くて、なかには「中途半端な映画だったら映像化してほしくない」という意見も散見しました。でももし「映画は原作とまったく違う」というひと言でばっさりと切られてしまったら、それはとても残念です。
なぜ私が原作からの大幅な変更を受け入れたのか。どれほど山田監督がこの作品に込めた思いや気概に共鳴しているか。「ディレクターズ・カット」を書いたことで、いつも支えてくださっている読者に知っていただき、共有したい気持ちでいます。「ディレクターズ・カット」を読んでいただいてから映画を観ていただけたら、実は原作も映画もノベライズも、根底に流れるものは変わっていないと納得していただけると思います。
一番、私にとって喜ばしいことは「キネマの神様」が映画になったこと、これに尽きます。昨年からのコロナ禍、主演の志村けんさんが亡くなったり、何度も挫折しかけたプロジェクトですが、ここまできたことをみなさんと喜びたいですね。
(インタビュー・構成/清水志保)
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