原田マハポートレイト撮影秘話! 写真家・藤井保さんスペシャルインタビュー vol. 3

2021.01.29
インタビュー

 広告、デザイン、映画など幅広いジャンルで活躍する写真家の藤井保さん。社会的なメッセージを込めた作品も発表している藤井さんが、いまもっとも気になっていることとは? スペシャルインタビュー第三回では、ポートレイト撮影の舞台裏とともに、藤井さんが描く「これから」を語っていただきました。

半年後に同じ場所でマハさんを撮っても、絶対に同じ写真にはならない。

 ――藤井さんはシャッターを切られる回数がとても少なく感じました。撮影中、あまりマハさんに声をかけたりもされませんでしたね。

藤井…「笑わなくていいですから」と伝えたのと、ルソーの絵の前で「絵を具体的に見るのではなくて、心の中で見るようにしましょう」とお願いしたくらいですね。それだけ話しておけば、シャッターの音や雰囲気で伝わっていくものが必ずあって、細かく説明して言葉で被写体の気分を乗せていくのとはまた違う世界が、もうひとつあるんですよ。

 ――マハさんに「作家と小説家と、どちらを言うことが多いですか」とも訊かれていました。

藤井…マハさんがプロフィールを書かれるときに、「作家・原田マハ」と「小説家・原田マハ」のどちらなんだろうと、ふと思ったんです。小説家というのは、ドキュメンタリー、ルポルタージュ、フィクションの部分をうまく組み合わせて作品を作っている感じがするので、マハさん自身もきっとそのあたりを意識されているんじゃないかな。マハさんはカメラの前でもとても堂々とした雰囲気を持っていて、それは小説家としての原田マハが成熟してきている証しだと思いました。自分がやっている仕事に対する自信が、纏う空気に出てくるものです。
 僕も昔は「カメラマンの藤井」と呼ばれていましたが、ある時から自分は写真家なんだと意識するようにしました。カメラマンという言葉には、オペレーター的なニュアンスが強いのですが、「自分の意志で自分の作品を作る」というのは、やはり写真家、写真作家であるべき。呼び方ひとつとっても、自分をどう社会とコミットして生きていくか、という意思表示になります。

撮影:藤井 保/撮影協力:東京国立近代美術館/作品:アンリ・ルソー作『第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神』

――藤井さんは長年、広告写真をはじめ、たくさんの写真を撮られてきましたが、今回の撮影を振り返られていかがでしたか?

藤井…もっとじっくりと撮影できる時間があったら、よかったですね(笑)。ただ写真を撮るという同じ行為を長年やっているように思われるかもしれませんが、毎回、本当にどの撮影も違っていて、半年後に僕が同じ場所でマハさんを撮っても、絶対に同じ写真にはならない。日々、細胞が生まれ変わっていくように、写真に残るものもなにかが必ず変わっているものです。
 今回、僕はルソーの絵の前でマハさんの後ろ姿も撮影しました。「ボンマルシェ」の記事では顔が写っていない写真がNGだとしても、たとえば10ページのページネーションのなかでは、絶対にああいう写真が活きてくる。ふだんパソコンをタイピングしているマハさんの指先まで写してこそ、本当の「原田マハの世界」が撮れるんです。今度、ゆっくりとマハさんを撮影できる機会をつくってもらえたらいいですね。

「表現者として、人として、自分になにができるのか」が、これからの課題。

撮影:藤井 保/撮影協力:東京国立近代美術館

 ――2021年から藤井さんは拠点を島根の世界遺産・石見銀山に移されると伺いました。今回、藤井さんにお願いしていなかったら、ポートレイト撮影は実現できなかったかもしれません。

藤井…僕の東京での最後の仕事が、マハさんのポートレイト撮影になりました。本当にいいタイミングで声をかけていただきました。
 僕が写真家としていままでやってきた仕事は、「自然の原風景とどういった関わりや接点をもって、人工物が作られてきたのか」を、写真を通して批評することでした。日本の離島を巡った写真集『ニライカナイ』では、島という物理的に限られた世界だからこそ見えてくる、教育、環境、医療の問題を風景のなかに浮き彫りにしました。
 ただ、どうしても表現者というのは、自己完結している部分が多くあって、「自分は傍観者でしかなく、実際に汗を流しているひとのほうが偉いんじゃないか」といった自問が頭のなかに常にある。阪神淡路大震災や東日本大震災、福島の原発事故、また新型コロナウイルスなどを経験して、今は、自分が風景を作る側になってみようという気持ちでいます。「表現者として、人として、自分になにができるのか」というこれからの課題を抱えながら、もちろん、島根に移ってからも変わらず、写真は撮り続けていきます。
 昨年、石見銀山でウォーキングミュージアムというコンセプトで「詩(うた)と生活(くらし)とデザイン展」という企画展を開催しました。詩とグラフィックデザインを融合させた作品や、彫刻や地元の学生の写真などを、大きな美術館ではなくて、町中の歴史的建造物に点々と展示しました。来年、第二回を開催予定なので、マハさんにもぜひ見に来ていただきたいですね。

撮影:瀧本 幹也

藤井 保(ふじい・たもつ)
1949年島根県生まれ。広告制作会社の写真部で勤務後、独立。以降、広告、デザイン、映画など幅広いジャンルで活躍し、各界で高く評価される。毎日デザイン賞、朝日広告賞、ADCグランプリ/ADC賞、カンヌ国際広告祭P&P部門銀獅子賞などを受賞。写真集に『ぐんげんどう』(平凡社)、『カムイミンタラ』(リトルモア)、「A KA RI」(リトルモア)、『藤井保の仕事と周辺』(六耀社)、『ニライカナイ』(リトルモア)などがある。

(インタビュー・構成/清水志保)

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