映画「無用の人」原田マハ監督インタビュー
- 2025.03.12
- インタビュー
マハさんが自身の短編小説「無用の人」(講談社文庫『あなたは、誰かの大切な人』収録)をもとに脚本を書き下ろし、監督デビューすることが決まった。10年以上前に刊行した作品が時を超えて、映画作品として観られることに期待が高まるなか、マハさんに今の気持ちを聞きました。
読者からのある手紙が、映画監督に挑戦する起点となった。
――「無用の人」は短編集『あなたは、誰かの大切な人』に収められていた短編ですが、このたびマハさん自身が脚本、監督を務める形で映像化されることが発表されました。たくさんの作品を書かれているなかで、どうしてこの短編を初監督作品に選ばれたのでしょうか?
マハ……私の小説のなかで初めて、「無用の人」は高校生の国語の教科書に載った作品だったんです。現代国語の教科書では、小説の一部だけが掲載されましたが、ある女子高生からお手紙をいただいて、「小説を全部読みたくなって書店で本を買って読みました。最後まで読んだらまるで映像を見ているようでした」と書かれていました。その感想を読んで、私が小説を書きながら思い描いた映像を、読者と共有できたことが本当に嬉しかった。
私が叶えたい夢のなかに、小説家やアーティストになるという夢はありましたが、「映画監督になる」というものは一度もありませんでした。映像化に原作を提供することはあっても、いつか自分で映像を手がける日がくるという明確な意思はなかったんです。
でも小説を書き始めたころから、私は自分の頭のなかの映像を追いかけて言葉を紡いでいて、それは今も変わらない感覚としてあったので、「無用の人」を読んで映像が見えると言ってくださったことが、今回の映画監督に挑戦する起点になっています。
――当時、十代だったその読者の方が、マハさんが監督した映画を観る日がくると想像すると楽しいですね。
マハ……いま彼女は何歳くらいになってるのかな、そろそろ三十代が見えてくる年頃でしょうか。
物語は人の心のなかに残ることで、決して古びない。小説は時空を超える表現方法のひとつで、私が小説家であることは、強いメディアを持っている、ということでもあります。
私は長らく、アートとの関係が強い身の上なので、時を超え、国境を超えることができるアートが持つ永遠性に強い憧れがあります。小説も『源氏物語』のように、1200年前のラブストーリーが後世に読み継がれるだけの強度がある。
その一方で、日本語で物語を書くことの限界も感じていて、日本語の美しさ、日本人の感性を大切にしながらも、世界へ発信することは、日本語という言葉の特異性から、言語の壁を越えにくいもどかしさを感じていました。
私の表現方法の柱は、言葉を尽くした小説ですが、物語とビジュアルが合体した映画で表現することができたら、国も言語も超えて、私が小説を書きながら見ている映像をみなさんと共有できる。今までビジュアルを物語に置き換えていたものを、物語をビジュアルに落とし込んでいくことは、これからの作品の表現手段としてしっくりきています。
どんなことでも挑戦するときが、一番わくわくする。
――マハさんが監督した映画を見ることで、読者が小説を読みながら想像していたビジュアルと、マハさんとのビジュアルの違いを楽しむこともできますね。
マハ……受け取る人の心境や、経験値、今までの体験によって、小説から思い描く映像はどれも違っていて、それが小説の面白さでもあります。原作を提供するときは、脚本家や監督のイメージが二重三重に積み重なることで形になる楽しみがありましたが、映画「無用の人」では、私自身が原作者、脚本、監督を務めることで、物語の作者(私)が脳裏に描いていた映像と同じものを、初めて読者のみなさんに観ていただける。それが映画監督に挑戦することの醍醐味ですね。
――いままでたくさんの小説を上梓されてきましたが、映画を撮るという挑戦を通して、マハさんがまた違ったステージに立たれるように思いました。
マハ……小説の執筆は孤独な作業で、一人きりの時間を持たないと始められません。でも映画は一人じゃなにも始められない。美術館のキュレーター時代の、展覧会を一から立ち上げる現場の空気がすごく好きでしたが、美術館から離れて二十年経ち、いままた現場に戻ってきたような気持ちでいます。
どんなことでも挑戦するときが、一番わくわくしますよね。いくつになっても挑戦をする気持ちを忘れたくないと思っていたので、いまこうやって映画監督を務めることに感謝しています。映画の撮影に向けて、ほんとうに素晴らしいスタッフが集結してくれて、私の挑戦を支えてくださっています。本当にありがたいです。いろいろな方の協力を得て、ここまでやってこられましたので、みなさまの期待に応えていきたいです。
今春から撮影が始まり、映画の公開は2026年を予定しています。随時、公式SNSで配信していきますので、チェックしてくださいね。
映画「無用の人」公式X @muyou_movie
『あなたは、誰かの大切な人』特設サイト
(インタビュー・構成/清水志保)
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