最新刊ノワール小説集『黒い絵』インタビューvol.1 

2023.11.01
インタビュー

マハさんの最新刊『黒い絵』は、アートの暗部にフォーカスしたマハさん初のノワール小説集。ついに封印が解かれたという惹句からも期待が高まる本書の創作秘話を、マハさんに訊いたインタビュー前編。

今まで書いてきたアート小説では、日当たりの良い綺麗な部分を、意図的に掬い上げてきた。

 ――最新刊『黒い絵』は、初期に書かれた短編と最新作がまとめられた短編集ですが、装丁に使われているアーティスト・加藤泉さんの絵の迫力があって、今までのマハさんの作品とは違った雰囲気が存分に出ていますね。 

マハ……デビューして数年のころは、アート小説を書く機会を虎視眈々と狙いながらも、さまざまなテーマの小説にチャレンジしたくて、いろいろな文芸誌で短編を発表していました。当時はまだ「原田マハは何者ぞ?」という雰囲気も強かったこともあって、自由に書かせていただけて、今読み返してみて、当時、よくこのテーマで書いたなあと自分で自分を褒めたいと思えた短編も本書には収録されています。
 2007年に書いた一番古い短編と、最新作との間には15年以上の時間があって、読み比べてみると作風がぱきっと違っています。作家としての活動のなかで私がなにを目指しているのか、きっと読者の方に感じ取っていただけるはずです。
 私は小説の大きな構成だけを考えて、あとは流れるままに書き進めていきますが、最後の一文がちゃんと着地したときに、自分のなかでカタルシスがある。収録されている短編は、読後にぞっとするような感じを求めて、ミステリアスなエンディングのものも多いですし、実際に自分で読み返してみてもぞっとしました(笑)。

 ――『本日は、お日柄もよく』をはじめ、読むと元気がもらえる小説や、アートの力に感動する作品を多く書かれているマハさんが、こういった作風のものも発表されていたことに驚きました。

マハ……今まで書いてきたアート小説では、「このアートがみんなに勇気を与えてくれる」だとか、「このアーティストは苦労してきたけれど、新しい道をつくった」だとか、できるだけ日当たりの良い綺麗な部分を、意図的に掬いあげてきました。
 でもそうする一方で、実際にアートの世界に二十年間くらい関わっていると、綺麗事は二割で、八割がたは綺麗事じゃないことが多い。表に出てくる部分は、研ぎ澄まされた綺麗な側面だけで、実際には政治的な動きやいろいろな思惑、駆け引きがあったりします。それが人の世の当然であって、陽があれば必ず陰が存在する。私は絶対に一度は陰の部分、ダークな部分を書かないと、片手落ちだと思っていました。まだまだ作家としても、人間としても完全形ではありませんが、今回、この本を世に出すことで、いったんのコンプリートになればいいなあと思っていますし、「マハさん、やるね!」と思っていただけたら嬉しいです。

泥の底に沈む真実を、一度攪拌して水面に浮かび上がらせたいという私の挑戦。

 ――最初の短編「深海魚」では少女間の陰湿ないじめの話や官能的なシーンがあり、どきりとする描写が続きます。今まで刊行されたマハさんの本とは、物語の入り口が違うように感じました。

マハ……編集担当の方からの提案で最初にこの短編を収録しましたが、「黒い絵」の世界に読者が入ってこられるかどうか、肝試し的なパンチの効いた導入になりましたね。いきなりばんと平手でひっぱたかれたような驚きが出せたように思います。
 この短編では少女の性愛の話を通して、女性側から見た性を、官能小説ではないエロティックな小説として書いてみたいという気持ちがありました。女性の性の中枢を包み隠さず書いたので、今回「禁断の書」という言葉を本の帯に入れています。
 女性には「綺麗事では済ませない」という感情がどこかにあると私は思っていて、綺麗な上澄みだけではなくて、もっと深いところにある感情を、思いっきり底の部分から泥をほじくりだして描きました。女性読者には痛快に感じてもらえる作品だと想像していて、そういう意味でも女性の読者の方に読んでいただきたいですね。

 ――この短編集がアートの暗部に触れているという意味でも、綺麗事だけではない人間の本質や業に目を凝らしている短編が揃っています。

マハ……「睡蓮」を描き続けた画家のモネは、睡蓮が浮いている水の底にこそ真実があると感じていました。水鏡に空が映り込む表面の世界、美しく研ぎ澄まされた天上の世界、そして誰も入ることのできないおどろおどろしい底の世界。モネはその三つの世界を「睡蓮」に託したと見られていますが、まさにそこに私も一歩近づきたい。泥の底に沈む真実を、一度攪拌して水面に浮かび上がらせたいという私の挑戦でもあります。きっと『黒い絵』のような作品が、船が海に錨下ろすように、私の作家活動のいい重石になると思っています。

(最新刊ノワール小説集『黒い絵』インタビューvol.2は、近日公開予定/構成・清水志保)

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