映画『総理の夫』公開記念/女優・中谷美紀さん×マハさん vol. 3

2021.09.23
インタビュー

 政界を舞台にしながらも上質なエンターテイメントに仕上がった映画『総理の夫』。凛子を演じた女優・中谷美紀さんとマハさんの対談は、小説、映画の話からアートの話にまで及んだ豪華対談第三回。

理想を実現するための一番近道だったのが総理大臣だっただけ、という凛子の台詞。

中谷……小説も映画も政界を舞台にした物語ですが、政治色はあまり強くありません。でも今回、僭越ながら、原作にあって当初の脚本にはなかった脱炭素の問題を、台本に加えていただけないかと、ご相談しました。当時はまだ、政府による2050年までの削減目標が発表になる前でしたが、欧州ではすでに一般市民が脱炭素を行動規範としていたので、映画でもきちんと描くべきだと思ったんです。そうこうするうちに日本も後れ馳せながら脱炭素の問題に真剣に取り組んでいくことが決まりましたね。

マハ……いまそのお話を伺って、とても嬉しいです。小説も映画もエンターテインメントではありますが、日本が以前から直面している少子高齢化の問題なども小説に盛り込みました。実際、物語が進むにつれて、総理大臣になった凛子自身が、そういった問題に直面していきます。

中谷……内閣広報担当の富士宮はシングルマザーとして、仕事も子育ても奮闘していますが、実際には出産を機にキャリアを諦めたり、転職される方も多くいらっしゃいます。仕事も育児もして、そのうえ介護も重なると、すべて女性一人でこなすのは到底無理ですよね。

マハ……家族のなかの社会的な弱者を守りサポートする時期が、人生で必ずありますし、社会全体が助けていなかなくてはいけない問題です。

中谷……凛子は国民のために働く理想の総理大臣で、「総理というポストにしがみつく気はない。理想を実現するための一番近道だったのが総理大臣だっただけ」という台詞がとても好きです。

マハ……総理大臣になったのは私利私欲のためではない、と言い切る凛子はかっこよかったです。ぜひみなさんには、小説や映画を純粋に楽しんでいただいて、現実の世界のことは厳しくジャッジして、常に関心を持っていただきたいですね。投票に行くためには、政治家ひとりひとりの意見をきちんと聞く必要がありますし、私たちに何を言っても大丈夫だと思われていけないと思っています。

中谷……コロナ対策の際のドイツ・メルケル首相の国民演説は、いま思い出しても涙が出てきます。エッセンシャルワーカーはもちろんのこと、芸術に携わるひとたちへの配慮もあって感動しました。

マハ……日本の対応とはまったく違っていましたね。私がもうひとつ感動したのは、いち早くメルケル首相の演説を日本人の女性翻訳者・林フーゼル美佳子さんが翻訳されたことです。きっと日本のひとにも伝えたいと思いから翻訳してくださったことに感謝したいです。

一番遠くのお客様がどういう思いで見てくださっているのかを忘れたくない。

中谷……原田さんの小説を拝読すると、ご職業でもあった近代美術の研究を、ある狭いニッチな世界の話に留めず、私たち一般の読者とアートの橋渡しになるように物語を書かれています。どの作品でも媒介となる魅力的なキャクラターが登場しますが、これは原田さんが意図的になさっているのかとても気になっていました。

マハ……それはグッドクエスチョンですね。私の専門は小説や文学というよりもモダンアートをはじめとする美術全般ですが、アートは、あるひとにとっては敷居が高いですよね。私が子どものころは、美術館に行くのはとても特別な体験でした。でもこの世の中にはアートが溢れていて、もっと積極的にアートに接していただきたい。私の小説がいいメディアとなって、読者のみなさんがアートに触れる機会が増えてほしいと思っています。

中谷……ウィーンはご存じのとおり、クオリティ・オブ・ライフが高いと言われていて、自然が豊かで芸術文化へのアクセスの敷居が低いところです。私もよく学生たちや観光客の方と一緒に、さじき席でオペラを鑑賞しますが、14ユーロくらいで観られるんです。何十年もほぼ毎日通っているマダムが、ここが一番音がいいのよって教えてくださったこともありました。一番遠くのお客様がどのような思いでご覧くださっているのか、自分が舞台や映画に出させていただいたときに、そのことを忘れたくない気持ちもあります。

マハ……関係者であってもそうやってチケットを買って、鑑賞されているのは素晴らしいことですね。私もよく講演会などで、自分でお金を払って美術館に行ってください、とお伝えしています。たとえば1,500円の入場料は高いかもしれませんが、私たちの共通の財産である文化財にアクセスできるなら、考え方によっては安いと感じられる。私たちの文化財を守り、次の世代につなげるために、私たちの入場料が使われるわけですから、チケットを買うことが一番のドネーションだと思っています。

中谷……海外の美術館には、入場料が決まっていなくて、ドネーションというところもありますよね。

マハ……お金を持っているひとはドネーションしてください、持っていないひとでもフリーアクセスしてください、という考え方ですね。文化芸術というのは、社会の根底を支え、社会全体に幸せな空気を作りだすという意味でとても重要です。作中で凛子は、政治で国民ひとりひとりを幸せにすると言っていますが、幸せな空気を吸って成長した子どもは、きっと平和を願う大人に成長すると思っています。美術館は幸せの場所で、アートからも鑑賞者からもいい気が出ている。日本のお母さん、お父さんもぜひ子どもたちに、アート体験をさせてあげてほしいですね。

(構成/清水志保)

▼スタイリスト:岡部美穂
▼ヘアメイク:下田英里 
▼ネイリスト:川村倫子(ネイルハウス安气子)
▼カメラマン:伊藤彰紀(aosora)

中谷美紀(なかたに・みき)
1993年女優デビュー。以後、数々のドラマ、映画、舞台に出演。映画『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2021年9月23日公開の映画『総理の夫』では、日本初の女性総理・相馬凛子役を演じる。『オーストリア滞在記』が幻冬舎文庫より発売中。
インスタグラムアカウント@mikinakatanioffiziell

SHARE ON

さらに記事をよむ

TOPICS 一覧に戻る